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[debian-users:08849] A reason of why I've been telling the ``TISRNOTW/BLGFASATACOSS''. (was Re: Pacakge's "copyright")
- From: "Ken N." <kenn@xxxxxxxxxxxxxxxxx>
- Subject: [debian-users:08849] A reason of why I've been telling the ``TISRNOTW/BLGFASATACOSS''. (was Re: Pacakge's "copyright")
- Date: Sat, 10 Oct 1998 23:56:25 +0900
- X-ml-info: If you have a question, send a mail with the body "# help" (without quotes) to the address debian-users-ctl@debian.or.jp
- X-ml-name: debian-users
- X-mlserver: fml [fml 2.1A#45]; post only from members
- Message-id: <199810101431.XAA23979@xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx>
- X-mail-count: 08849
- X-mailer: mnews [version 1.21] 1997-12/23(Tue)
#スウィフトのあのおとぎ話は当時のヨーロッパ社会に対する風刺で
す。わざわざ持ち出したのにはそれなりの意味があります。
こっちの話題もわけます。あ、Subject はあまりきにしないよう願い
ます。
In <199810090902.SAA14274@xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx>
[debian-users:08814] Pacakge's "copyright" (Re: Re: package documents& source package ), Oct.09 '98 18:02 JST
sano@xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx says:
= ^^) 面白い例えですね。
喩えではありません。皮肉です。つまり、遠回しの批判です。批判の
対象は佐野さんの御友人ではありません。
= 私も「どっちの端から食べるか」ということが、「本質的問題」だとは
= あまり思っていません。ただ、私が食べようとしているたまごはとっても
= もちろん、私も個人的にたまごを食べる分には、気分次第でどっちの端
= からでも食べたいと思いますよ。ただ、特定の相手に向けたものではなく
= 全世界に向けて流されている CM については、なるべく無用な摩擦は
= 避ける作り方のほうが良いだろうと思っています。
隣国ブレフスキュでは「大卵端主義」です。リリパットとの摩擦を避
ければブレフスキュとの対立は必至です。さて、そちらのほうはどう
されますか?それとも、ブレフスキュはどこぞの巨人にたのんで叩き
潰しておきますか?そうではないですね。
では、リリパットでは「小卵端主義者」としてふるまい、ブレフスキュ
では「大卵端主義者」としてふるまうことにしましょうか。するとま
た別のひとがやって来て言います。「まるでコウモリのような奴だな。
君は信用できない。私の国には君の卵は要らないよ」
#えーと... 続きが聞きたい人、います? (^^; いませんよね。よかった。
= 「私」が思うに、 Debian の、あるいは SPI の最終的な目標は
= 「オープンソース・ソフトウェアの普及と発展」にあると考えています。
=
= それを実現するためには、「偏見」だろうと「特定の世界での常識」
= であろうと、それが本質的な問題を含んでいない限り、あるいは
= それと対立する「偏見」や「別の世界での常識」が存在しない限り、
= 譲歩して無用な摩擦を回避できるなら、譲ったほうが良いと思うのです。
どうでもいいことについてわざわざ突っ張る必要がないのはその通り
です。しかし、それは、「譲歩」ですか?
「譲歩」とは明確な利害の対立をもたらす複数の価値観の間で折衷点
を見つけ出し、その点に歩み寄ることです。折衷点を見つけ出す時に
大前提になるのは、相互の価値観「そのもの」については尊重する、
という姿勢です。
100 人の人間がいれば100 の価値観があります。1000人の人間がいれ
ば1000の偏見があることでしょう。1万の人間がいれば1万の要望が
寄せられるかもしれない。それらをすべて考察すべきですか?
``Request'' であるのならば、考慮してみるのもいいでしょう。それ
は、それまでまったく思いもよらなかった視点からの意見かもしれな
い。あらためて考慮した結果どうするかはRequest された側の判断に
委ねられるべきです。Request された側にも独自の判断基準があり、
それはその人の価値観にもとづくものであり、尊重すべきものです。
それが嫌だというなら、それは実は``Request'' ではなく``Demand''
であったと言う事になります。そのDemandが要求元の正当な権利にも
とづくものであるという根拠がないのなら、それは到底、「他者の価
値観を尊重する姿勢」であるなどとはいえません。
自己の価値観の根拠なき一般化または正当化
|
V
その価値観に基づく評価基準の、無関係な対象への適用
|
V
その結果としての非難、対立、拒絶
わたしはこのような種類の非難に対処する事を「譲歩」とは呼びませ
ん。それはただ、主体性なくふりまわされているだけです。
挟量で独善的な相手に対し一方的に服従する事がfree software の発
展と普及につながるとは思いません。
= さらに、それで嫌になってメンテナーをやめてしまわれたりしたら、
= 利用者にとっても不利益になりますから、私としてはそれも非常に
= 心配なことだったりもします。
それはその人自身の問題です。
「理論武装」という言葉を使っておいででしたね。
私はこの言葉は嫌いです。全体主義者のような精神的に未成熟な人間
が、未熟な内面を糊塗する様子を思い浮かべます。
語る言葉の論理、行動を起こすモチベーション、自分自身の士気の維
持、これらは全てその人自身の内面にある価値観からの演繹として導
出されてきます。
Software が Freeであるということには、
「自由につかっていいよ。自由にいじり倒してかまわない。君の
好きなようにね。君が望む君にとって役に立つものにするために」
「それで、みんなにとっても役に立ちそうだったら、好きにばら
まいてくれちゃってもぜーんぜんかまわないよ。いや、むしろ、
そうしてほしい」
与えられたものただそれだけには満足しない、主体的な問題解決への
意志が implyされています。そのようなソフトウェア、そのようなOS、
そのようなプロジェクトにこれから関与しよう、ということを決意し
た人間の主体性を、私は疑った事はありませんよ。
もちろん、佐野さんを含めて、です :-)
-.- . -. -.
Ken Nakagaki <kenn@xxxxxxxxxxxxxxxxx>
「会社は主にそれ自身の慣性によって前進している」-- Gerry Spence